ビシディアンで戦った無名の戦士達とアセムの決断

ビシディアンは連邦軍特殊部隊出身であるアングラッゾが作り上げた反連邦組織だった。
彼はA.G.83年生まれで天使の落日当時は18歳。恐らく最初期の連邦軍に入隊したと
推測される。同期のメンバーと共に打倒UE(ヴェイガン)を誓い合い、未知の敵と戦い
続ける事になる。しかし彼らの活動が実を結ぶ事は無く、07年にはオーヴァンが
攻撃を受け、さらに15年にはノーラも攻撃を受け崩壊してしまう。そしてこのノーラ崩壊
の混乱に乗じてアリンストン基地のグルーデック中佐がディーヴァを占拠、独自にUEの
拠点宇宙要塞アンバットへ攻撃を仕掛ける。後に蝙蝠退治戦役と呼ばれる一連の動乱は
地球圏に大きな波紋をもたらす事になるのだが、政府発表を知ったアングラッゾはさぞ
驚いたに違いない。連邦軍がアンバット攻略作戦に向けて動いた事実は無いのだ。当時
既に32歳、決して上の動向が掴めない位置にいたわけではないだろう。この14年常に
負け続けた連邦軍が突然UEの拠点を攻め落とせたという不自然さ。恐らくこの頃から
政府、連邦軍内部への疑念が生まれ始めたのではないだろうか?

AG120年代、アングラッゾが連邦に反旗を翻す日が来る。同期の一人であり第七艦隊を
率いるグース・マイルスがヴェイガンと内通し、新造戦艦の横流しを目論んでいた事が
発覚したのだ。終わる事のない戦争に信念を歪め、腐っていく者達を見てきたアング
ラッゾは連邦内部の腐敗を断つため、そのような者達を排除する組織を作ろうと決意
する。軍人でもある恋人と別れを告げ、彼は自ら帰る場所を断ち反逆者として戦う道
を歩んだ。この彼の行動に賛同する者や支持者は多かったらしく、連邦軍の追跡を
振り切り第三勢力として着々と組織を作り上げていったようだ。特に技術面、武器供与
でマッドーナ工房が支援者として動いたのはかなり大きいだろう。

AG130年代、あるコロニーがヴェイガンに攻撃された。ビシディアンが救援に向かいそこ
で一人の少年を救助する。それが後に次期首領とまで言われたウィービック・ランブロで
あった。孤児院育ちであった彼は仲間がヴェイガンによって皆殺しにあった事を悔やみ、
自身の無力さから誰かを守れる力を欲してビシディアンへの参加を決意する。

いつの頃か不明だが、アングラッゾは秘宝と呼ばれる旧時代の科学技術を収めたデータ
ベース、EXA-DBの存在を知る。ここには当然今の連邦軍を上回る兵器もあるため彼は
腐敗した連邦を倒し、戦争を終らせる切り札として捜索を始める。AG151年には最終座標
の把握に成功し、今や首領の一番弟子として育ったウィービックを向かわせたのだが
EXA-DBの護衛として配備されていた無人機シドの抵抗に合い確保に失敗する。代わりに
コールドスリープしていた科学者であり、管理人のレウナ・イナーシュを連れ帰るの
だが、彼女から秘宝の真相を知ったウィービックはEXA-DBが戦争の激化を招くと危惧
して利用に反対する。しかしこれにアングラッゾは激怒した。内心では理解を示す一方、
既に戦争は半世紀も継続している。彼自身かつてUEを倒すと立ち上がった一人だ。今や
68歳となり病にも蝕まれる状態となっては終戦の鍵と言えるEXA-DBを諦めるわけには
いかなかった。

そしてビシディアンに世代交代という転機が訪れる。秘宝という存在に触れたことを
きっかけにシドがバロノークへ襲来、ウィービックは戦いの果てに行方不明となる。
捜索に出た仲間達はデブリの漂う宙域でガンダムの残骸を回収するが、そこに瀕死の
セムがいた事から治療を行う。次期首領であったウィービックの事実上の死、迫る
死期からアングラッゾは後継者選びを迫られる事になる。意識を取り戻したアセムから
ウィービックの最後を聞いたアングラッゾは、彼の素性や考えを悟り。今、彼こそが
ビシディアンを率いるに相応しいと判断、その場で彼を組織へスカウトする。

当然アセムがそんな話など承諾する訳がなかった。しかしそこでアングラッゾが話した
秘宝と呼ばれるEXA-DBという存在が彼を引き止める。旧時代の失われた科学技術を収めた
データベース、過去の戦争や兵器を網羅するそれが地球圏のどこかをさ迷っているという。
もちろんそれが連邦、ヴェイガンどちらかに渡れば戦局を一変させる結果をもたらすだろう。
そしてこの戦争は"普通"ではない、始めに目的があったのか分らないし、今もあるのか
判らないほど互いを際限なく殺しあうだけに至っていた。秘宝はそれをより強く、確実
に後押しする。アングラッゾはこれが両陣営のどちらかに渡ればミリタリーバランスが
激変し、一方の国家が滅亡するだろうと予測していた。これが与太話でないのはアセム
自身が身をもって知っていた。Xラウンダー相手でも互角以上に渡り合えるまでの技量を
持ち、地球圏で用意できる最高峰のMS。ガンダムAGE2を持ってしてもシド相手には死を
覚悟する有様だった。シドという異形の存在がその背後にあるEXA-DBの危険性を伺わせる。

連邦軍兵士であるアセムがこの情報を持ち帰れば、総司令である父親が確実に動くだろう。
しかしその結果、実際にEXA-DBを確保できたとするとどうだろうか。十年前のクーデター
フリットはどちらかが滅びるまで戦争は続くと断言した。ソロンシティでも住民を巻き
込んだ軍事行動を取っていたあの人だ。アングラッゾが考えるように秘宝を渡せば喜んで
ヴェイガンを皆殺しにするだろう。そしてそれはアセムの望む事ではなかった。戦争、
戦いを憎んだとしても人までは憎めない。フリットの考えには賛同できないものの、地球
側の人々を守るために彼は軍に残っていた。しかしそれも限界に達し、彼は退役を決意して
いた。かつてゼハートに指摘されたとおり彼は戦いに向いていなかったのだ。アセム
成したい事と、現実に出来る事の齟齬は彼を苦しめ続け。軍の命令に従い私情を殺して
戦い続ける事が難しくなっていた。そこへアングラッゾのスカウト話が舞い込んだのだ。

滅茶苦茶な話ではあるが、アセムが望む道、連邦に所属する限り決して出来ない事が可能
となるチャンスでもあった。それは別としてもEXA-DBをヴェイガンに渡すわけにもいかな
いし。事実を知った今、これを放置して帰るのも無理だ。連邦に知らせず、極秘裏に回収
するには第三の道しかない。そしてシド相手に共闘し、未帰還となったウィービックの生き
様がアセムを動かした。自分が生まれる前から続く戦争、戦いから人々が逃れる事は出来
ないという考えに至り、彼は諦めを実感していた。そんな時に出会ったウィービックは
絶望的な状況にも決して怯まず、生きるために戦い続けアセムを励ました。

EXA-DBの解放を防いで滅亡を回避する。そして連邦とヴェイガンが繰り広げる"戦争"そのもの
へ戦いを挑む形になったのだろう。こうなれば世間では戦死扱いとなり家族とも顔を合わす
ことが出来ない。そして反連邦組織へ参加した事が露見すれば非難を浴びる事になるだろう。
それでも仲間や家族を守る事に繋がると考え、アセムはビシディアンへ参加し苦難の道を
選んだ。

後にアセムが引き継いだビシディアンだが、二代目となってもその組織や行動は大きく
変わることは無かった。連邦軍の不正を叩き、ヴェイガンに襲われる人々を助け、EXA-DBの
開封を防ぐ。いくら少数精鋭とはいえ、たった一隻の戦艦で出来る事はたかが知れている。
そのため彼らの活動は非常に困難を極めただろう。それだけにビシディアンの面々は連邦軍
に負けない強さを必然的に身に付けたと考えられる。

そして彼らの行動は決して無駄ではなかった。戦争の熾烈化を防ごうという行動はある種の
冷却効果をもたらし、血で血を洗う戦争に緩やかなブレーキを掛けた。その間、連邦は上層部
の世代交代が進み、穏健派が前に出始めた。さらに人類選別というイゼルカントの野望にも
抵抗する結果となった。アングラッゾと無名の戦士達が起した小さな抵抗運動は半世紀以上も
紡がれ、ラ・グラミス戦における休戦が実現した遠因にもなった。

アングラッゾの作った組織は戦争終結への道筋を探す。その選択肢、希望を残すという点で
大きな役割を担ったと思う。本編であっさり休戦へ運べたのも、歴史の影で反逆者の汚名を
被ろうと平和な時代を夢見て戦った者達がいたからこそと言える。そこに英雄などは
いないし、たった一人の救世主で終わるほど戦争は都合のいい話ではないのだから。

 ※政府発表では連邦軍主導の作戦という話なので、旧国家派閥の艦隊が参戦した
  事実自体は認めているようだ。どちらにせよ軍内部での動向からすれば突然
  降って湧いた話なので、これが嘘であると言う事は見抜ける。また彼の同期は
  最初期の入隊であり、別々の所で働く彼らとの会話から組織全体を知る事も
  出来ただろう。
 ※アセム連邦軍が大規模作戦を実施する際に用意する戦略物資に狙いをつけ、
  輸送部隊を狙い撃ちにしていた。かつての仲間へ銃を向ける結果になるため
  殺さないように注意して戦闘を行い、MSを無力化している描写がある。
 ※キオ編でEXA-DBの情報を連邦に流していたが、これは情勢の変化があったため
  だろう。一つはフリットが権力の座から降りていた事。そして現在の連邦上層部
  は穏健派(アルグレアスなど)が占めている様子であり、間違った判断をしない
  だろうと期待できる。さらに戦局の激変があった。これまでは地球側の制宙権を
  連邦が押さえていたが、一斉蜂起で状況が一変して崩れてしまった。以前に比べる
  と格段にヴェイガンが動き回りやすい状態になった。こうなるとEXA-DBの捜索も
  何かと有利に働くだろう。そのため現有戦力がバロノーク一隻のビシディアンでは
  対応しきれない事情があった。
 ※ビシディアンの創設者アングラッゾは「追憶のシド」時点で68歳(AG151)と
  なっている。彼は軍人でもある恋人に別れを告げ。歩む道は違えど共に戦争を
  終らせるために戦おうと語り、姿を消した。事を成すために今の生活を諦める
  という点ではアセムもアングラッゾも似たような境遇になっている。そして
  ゼハートもヴェイガンの国民のために私情を殺して戦っている。この観点から
  見ると三人は同じとも言える。なおフリットは私怨で戦っているので別。
 ※アニメでは訳のわからない海賊コスプレ集団ビシディアンだが、外伝漫画では
  なぜ彼らが海賊として戦うのかがしっかり描写されている。さらにアセム
  海賊入りする理由もわりと筋の通る形で描かれており、アニメ側のいい加減さ
  には首を傾げるばかりで頭がもげそうになる次第だ。(そもそも描写に矛盾がある)
  漫画自体は新人の漫画家が描いているため描写的に粗い面もあるものの、回を
  重ねるごとに絵が上達し、全三巻と短編ながらしっかりまとまっている印象が
  ある。それだけに金銭的余裕があるのなら、この漫画は本編を見ていく上で
  読んでおく事をお勧めする。
  (メカと人物の対比がアニメと違うが特に意味は無い模様)
 ※アセムは自分が生まれる前から続く戦争という事象について、人類が逃れる
  事は出来ないと思ってた。そこで彼は今すぐ戦争を終らせる事は無理でも、
  戦争を人々から遠ざける事は出来るのではないか?と考えたようだ。
 ※なお追憶のシドに関しては、終盤の展開についてこのブログでは言及しない。

【関連記事】
 歴史の表舞台から去ったエウバのラクト。彼の願った未来とは
 http://d.hatena.ne.jp/UN64_RGB/20130214/1360859427

 フリットに人生を狂わされた人々。ジラード・スプリガン
 はそれを象徴する一人だったのか
 http://d.hatena.ne.jp/UN64_RGB/20130210/1360512322

 アセム編とキオ編の間で起きていた連邦の疲弊と国民の飢餓
 http://d.hatena.ne.jp/UN64_RGB/20130204/1359985631

 マッドーナ工房がビシディアンに協力した理由?
 http://d.hatena.ne.jp/UN64_RGB/20121121/1353497205